土屋アンナさんの初主演舞台になるはずだった「誓い~奇跡のシンガー~」。車いすシンガーとして活躍する濱田朝美さんの自伝的著書「日本一ヘタな歌手」(光文社刊)を原案に13公演を予定していた演劇作品ですが、製作側の代表者が公演中止を発表して以来、ワイドショー等をにぎわしています。

  当初、出てきた情報は、製作側の発表。これによると土屋さんが最初の2回しか稽古に参加せず、上演が不可能になったという話で、正直、土屋アンナさんともあろう人がそんなことをするものなのかなぁ、と思いました。

  その後に明らかになってきた情報によると、脚本内容が「日本一ヘタな歌手」とはかなり違ったものになっており、濱田朝美さんが舞台化に異を唱え、それに土屋アンナさんが共感したということのようです。

  「日本一ヘタな歌手」では障害を乗り越えて生きようとする話だったのが、脚本では、最終的に主人公の死を暗示する悲劇となっており、障害者に希望をもたらそうという「日本一ヘタな歌手」の意図がかなり改変されてしまっているようです。

  言うまでもなく、具体的な契約や合意・同意の内容がどのようなものかは部外者にはわからないので、誰がよい、正しいとは、現時点で安易に論評できる問題ではありません。ただ、本件に関しては、著作権が、結構、重要な要素であることは確かでしょう。


著作物を改変されない権利「著作者人格権」とは

  つまり、

  著作者は、その著作物を改変されない権利(著作者人格権)を持っています。これは著作権者の権利ではなく著作者の権利です。著作者がその著作物に対して持っている財産的権利は譲渡可能ですが、著作者人格権はその名の通り、一身専属的な人格権で譲渡はされません。

  著作権法で言うと第20条第1項の規定です。
著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。

※ 「著作者人格権」に関しては、鬼の法務部のコラム”意外と地雷な「著作者人格権」”でも採り上げました。

  ただ、現実には著作物は様々な形態に変容を遂げます。小説の舞台化、テレビドラマ化、映画化、ゲーム化、翻訳などはその典型例。

  このように、原著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的な表現形式を変更して新たな著作物(二次著作物)を創作する行為、いわゆる翻案は、著作物の活用には欠かせません。

  そして、翻案をコントロールする権利(翻案権)に関しては、出版契約で著者が出版社に処理を委ねてたり、譲渡している場合があります。もちろん、この場合でも著作者人格権は生きています。そして、かなりややこしい事態に陥るわけです。

  また、あまりに内容がかけ離れてしまうと、もはや翻案(二次著作物)ではなく全く新たな著作物になってしまいます。

  本件の場合、少なくとも
・上演されようとしていた内容は原作の翻案の範囲内のものなのか否か

・翻案の範囲内のものだとした場合、舞台化に関する翻案権は著作者が保持しているのか出版社に譲渡されているのか

・舞台化に関する翻案権を著作者が保持している場合、舞台公演製作会社との合意はどのようなものか

・舞台化に関する翻案権を出版社が保持している場合、舞台公演製作会社との合意はどのようなものか、また、著作者人格権との調整はどのようになされているか

  などの論点があるわけです。

  今回のケース、今後の展開はわかりませんが、例えば、読者の皆様も、本を書かれることもあるでしょう。あるいは他人の書いた本を自社でビデオ化して販売する、というケースもあるかもしれません。

  そういう場合にも、上記の論点はあてはまります。著作者であるにせよ、著作物を利用する側であるにせよ、著作者人格権、翻案権の処理は常に考えておかないととんでもないことになってしまう危険があるわけです。