1. 特許法第1条と経済学

 イギリスの経済学者ライオネル・チャールズ・ロビンズ(Lionel Charles Robbins)男爵は、1932年に著書『経済学の本質と意義』において、「他の用途を持つ希少性ある経済資源と目的について人間の行動を研究する科学が、経済学である」と述べた。更に、長らく近代経済学の基本的教科書とされてきた米国の経済学者ポール・アンソニー・サムエルソン(Paul Anthony Samuelson)の著書『経済学』には、「経済学は、生産的な財を生産して異なった集団の間に分配するために、代替的な便途のある希少生産資源を、どのように選択するかを決定する学問である」と記載されている(P・A・サムエルソン、W・D・ノードハウス共著)『サムエルソン 経済学』、都留重人訳、岩波書店、1985年(原書第13版)。

 即ち、経済学とは、地球上の有限な資源をいかに効率的・合理的に配分し、有限な資源を最も効率的に利用し、いかに価値を生産し地球上に配分し、地球上の人間がより望ましい生活ができるようにすることができるようになるかを研究する科学技術等を含めた総合的な学問のことである。経済学でいう資源とは、通常、土地及び資本の物的資源と労働の人的資源を意味するが、ここでは地球上に有限に存在する食料、鉱物資源、エネルギー資源等を含めたより広い意味の資源を考えたい。そして特許法第1条に規定されている「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする」は、地球上に存在する有限な食料、鉱物資源、エネルギー資源等を、いかに効率的・合理的に配分するかということを、テクノロジーの基本とすべきであるということを教示しているのである。

 経済学の一領域にピグーや福田徳三先生の「厚生経済学」がある。厚生経済学が理想とするのは社会全体の快適な状況であり、最適な資源配分が必要になる。経済学では「厚生」は有益性や望ましさを意味する。厚生経済学は最適な資源配分を通じて、理想的な経済を造りだし、社会的厚生の最大化を実現することを目的としている。特許法第1条に規定されている発明の目的は、社会的厚生の最大化を実現することにあるはずである。

2. 幸せの方程式とアバーチ・ジョンソン効果

 特許法第1条に規定されている発明の基礎となる「技術」には「フェイルセーフ」が当然に要求される。「フェイルセーフ」とは事故があった場合、安全の側に停止できるという要請である。残念ながら、人類は「フェイルセーフ」ではない未完成な技術を、安易にも電力事業に採用してしまった。未完成な技術では、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与すること」はできない。以前最高裁まで争われた「折りたたみ式電子レンジ」の特許出願に関して、電磁波漏洩防止装置がないということで発明未完成とされた事件があるが、(最高裁平成4年2月13日判決)、多くの原子力関連発明は発明未完成とすべきであろう。確かに、危険防止、安全確保の手段を欠くとして特許されなかた「原子力発生装置」の事件もある(最高裁昭和44年1月28日判決)。

 小泉元首相の原発ゼロの提言には具体策がないという批判があるが、特許法第1条の趣旨からは、地球上の有限な電力資源をいかに効率的・合理的に配分するという経済学を基礎とした技術が重要となる。現在の電力需要というものは非常に変動が激しく、地球上の特定の地域に着目すれば、電力使用量が混み合う夏場のピーク時とオフピーク時では、最大電力量は倍近くも異なるのが実情であろう。また、地球上の特定の地域に着目すれば、一日の時間帯でも昼間のピークと夜のオフピークでは倍近い変動がある。つまり、電力事業の稼働率の変動は著しく、ピークなど全体のほんの一部にすぎない、地球上の特定の地域における過渡現象であることに留意すべきである。

 仏教経済学の提唱者でもある井上信一先生は、以下のような「幸せの方程式」を提示されている:

 幸せ=財/欲望

 井上信一先生は、「分子を大きくすることによって、幸せになろうとするのが欧米式であるとすれば、分母を小さくしようとするのが東洋式、いや仏教式である」とご教示さているが、全世界の電力需要の状況を鑑みれば、、特許法第1条の趣旨に沿った技術の開発により、分母の電力需要を小さくする必要はなくなると考える。

 電力事業というものは、どのようなときにも安定的な電力供給を行わなければならないという「供給義務」が課されているため、地球上の特定の国や地域に着目した場合、夏場数日間の昼間における一番のピーク時に対応するために、きわめて過剰な発電所設備を保有しているのである。北半球と南半球とでは夏と冬は逆転しており、太陽に面した半球であるか裏側であるかで、昼と夜は逆転しているのである。このため実は、特定の国や地域の局所的なピーク時を除けば、地球全体をみたグローバルな観点からは、発電所はあり余っている状態なのであり、グローバルな要求としての分母の値は小さいのである。

 原子力発電所は、経済学で「アバーチ・ジョンソン効果」と呼ばれる過剰設備、非効率の典型例の産物である。このような過剰設備を許しているのが、各国の電力会社への規制であり、我が国では、「総括原価方式」の下、どのように過剰な設備をもっていてもすべて電力料金に転嫁でき、しかも地域独占によって競争相手にさらされずに、料金を引上げられることを許してきた。我が国の各電力会社も、経済産業省の官僚も、発電所設備を拡大することで利権があるので、福島での事故が発生するまで、こうした規模拡大に拍車をかけてきた。しかしながら、グローバルな見地から、あり余っている状態の国や地域から不足の状態の国や地域に電力を供給する送配電技術に工夫をすれば、原子力発電所は不要なはずである。

 ケインズは、「経済は、たとえば歯科医術と同じように、専門家に任せておけばいい問題なのだ。経済学者たちが、歯医者に引けを取らないほど謙虚で有能な人間だと思ってもらえるようになったら、それは素晴らしいことである」と述べたが、残念ながら、経済学者たちは、電力資源が余っている国や地域から不足の状態の国や地域に電力が供給可能なような、電力資源を地球全体で効率的・合理的に配分するというグローバルな経済学を実現していない。グローバルな経済学を実現するためには、グローバルな視野にもとずいた発明や技術が必要になる。

3. トーマス・エジソンの失敗:

 発明王トーマス・エジソンは、1881年、電力の供給方法として直流送電方式を発明し(米国特許第263,142号、米国特許264,642号、米国特許第266,793号等)、ロンドンに火力発電所を設立した。更に、1882年にはニューヨークに水力発電所を設立し電力事業を開始した。しかしながら、ジョージ・ウェスティングハウスとニコラ・テスラが主張した交流送電方式との電流戦争にエジソンは敗北することとなった。

 電線自体には電気抵抗が存在するので、電線を介して送電すれば、必ず電流は抵抗損失で失われる。電気エネルギーは電圧と電流の積である。電線の抵抗損失による電流の減衰を抑制して電気エネルギーを効率良く送るためには、送電時の電圧をより高くすればよい。この点で、交流送電方式であれば、変圧器で簡単に昇圧や降圧ができる。一方、直流送電方式において、発電所側で交流を変圧器で高電圧に昇圧後、高電圧の交流を直流に変換して直流送電をし、目的地において高電圧の直流から交流へ変換後、変圧器で降圧し、工場や家庭に供給する必要がある。
 
 交流送電方式の場合は、電線の抵抗損失だけでなく誘導損失がある。このため、交流から直流へ変換損失、及び直流から交流への変換損失を無視して送電線の損失のみを比較すれば、直流送電方式は交流送電方式より低い電力損失ではるか遠くまで送電できる利点を有している。更に、直流送電方式では、位相の問題を考慮する必要もなく、表皮効果にも影響されないことから薄い導体が用いられうるので、交流送電方式より安価な長距離送電網が構築可能である。エジソンが電流戦争に敗北したのは、19世紀後半から20世紀前半にかけての技術レベルでは、交流から直流への高効率の変換器、及び直流から交流への高効率の変換器が存在しなかったからである。

 しかしながら、西澤潤一元東北大総長は、1950年に99%以上の高効率で交流を直流に変換できるpinダイオードを発明し(特許第205068号他)、更に1977年になり99%以上の高効率で直流を交流に変換できる静電誘導サイリスタ(SIサイリスタ)を発明した(特許第1089074号他)。人類の持つ効率99%以上のエネルギー変換装置は変圧器と、pinダイオードとSIサイリスタの3つしか存在しないが、そのうち2つが、20世紀の中頃になり、我が国で発明されたのである。エジソンの敗北から1世紀以上が過ぎたが、pinダイオードとSIサイリスタの発明という技術レベルの向上により、直流送電方式の汚名をそそぐチャンスが来ているのである。

 直流送電方式は導体あたりの電力をより多く送ることができる利点がある。これは同じ電力定格において、直流の一定電圧は交流の波高電圧よりも低いためである。 交流電力においては、実効値電圧量が標準とみなされるが、実効値は交流の波高電圧の約71%に過ぎない。交流の波高電圧は実際の絶縁体厚さと導体の間隙により決められる。直流は常に最大電圧で作用するので、等しい寸法の導体と絶縁体を持つ既存の配電線路で、100%以上の電力を電力消費の高い地域に、交流送電方式よりも低損失で送電することができる。

 例えば、約1600kmの送電線で数千MWを送電する場合、交流送電方式では12~25%の電力が失われるが、直流送電方式では6~8%に抑えられる。電圧レベルと構造詳細によっても異なるが、損失は1,000km当たり約3%と見積もられている。スイスに本社を置く多国籍企業であるABB社は中国の三峡ダムから広東省に向けて940キロの直流送電の送電線を整備、2004年から運用している。 ABBは、更に向家ダム上海間の2,000km強の距離を800kVの超高圧にして6,400MWの電力を供給している。2012年にABBが開発した1,100kVコンバータ変圧器を用いた技術では、10,000MW以上の電力を3,000km送電することが可能になるとのことである。

 今、世界で開発が進行しているのは、2地点間で送電する直流送電のプロジェクトが主であるが、一部の技術者は直流送電網を枝分かれさせたグリッド網を構築する未来図を描き始めているようである。本当の未来像は、地球上をインターネットと同様に結びつけたグローバルなスマート・グリッド網の構築に発展させるであろう。直流送電方式は、異なる電圧や周波数を用いる異なる国間での送電の促進が可能であり、グローバルなスマート・グリッド網の構築に好適な技術である。

 既に、1980年代に哲学者で建築家あるバックミンスター・フラー(Richard Buckminster Fuller)が、このグローバルなスマート・グリッド網を"Global Energy Grid"として提案している。これによると、北米大陸の西海岸を北上してアラスカ経由でロシアに入った送電線がシベリアのどこかで分岐して北海道に入るようなルートが既に提案されている。

 地球の温暖化に伴う海面上昇の防波堤を波力発電に用いるという選択もあるであろう。環境問題もあるが、地球上には水力発電に用いることの可能な水力が豊富にある地域や国がある。防災上、ダムが必要な地域もある。水力発電所の他、風力タービンや太陽光パネル等を含めて、地球上広範囲に散らばっている種々の自然エネルギーを用いた電力源からの電力供給網を結び、巨大なパワーグリッドを、スマート・グリッド網としてつくり上げれば、火力発電所や原子力発電所は不要になるであろう。

 インターネットは光ファイバの海底ケーブルで世界中が接続されている。グローバルなスマート・グリッド網を構築する上では、長距離の海底高圧線も必要となるであろう。海底高圧線は絶縁体と導体シースの比較的薄い層で導体が囲まれた長い同軸ケーブルである。交流送電方式の場合、同軸ケーブルが構成するコンデンサの静電容量を充電するため、負荷電流を余計に流す必要があり、これはケーブルの静電容量に対する追加損失となる。 加えて、ケーブル絶縁体の素材には誘電体損失要素があり、交流送電方式では電力を大量に消費することとなる。

 これに対し、直流送電方式を採用した場合、同軸ケーブルに最初に通電するか、電圧を変化させたときのみ同軸ケーブルのコンデンサは充電される。直流送電方式では定常状態での追加的電流は不要である。 長距離の海底高圧線にとっては、全ての導体の電流通過静電容量は充電電流のみを供給するのに使われうるので、交流の海底高圧線の長さを制限することになる。直流の海底高圧線はそのような制限がないので、直流送電方式は長距離の海底高圧線の送電に圧倒的に有利である。確かに、誘電体を流れ続ける直流漏えい電流もあるが、これはケーブル定格に比べればとても小さい値をとる。

 既に、250kmのスウェーデン・ドイツ間の海底高圧線や600kmのノルウェー・オランダ間の海底高圧線が実現されている。距離は短いものの、日本にも北海道と本州を結ぶ北本連系線などの海底送電網がすでにある。九州電力も佐賀県唐津市と長崎県の壱岐島までを結ぶ事業計画の調査検討を始めている。

4. テクノロジーと人類の未来

 2011年4月にNHKが放送した「マイケル・サンデル 究極の選択」大震災特別講義の中で、サンデル教授は、「原発は今後開発を進めるか?安全を求め他の方法を考えるのか?」の自問をさせた。しかし、危険な原子力発電に依存するか、或いは、原子力発電に頼らないで文化を後戻りさせ多少の不便を我慢するか、という二律背反の問題ではない。特許法第1条の趣旨に沿った技術の開発によりグローバルなスマート・グリッド網の構築等、原子力発電に頼らないでも生活レベルを下げないようにするテクノロジーの開発をすうることが知的財産に携わるものの方向性であろう。我々は、原子力なしでも行き詰ることのないテクノロジーを開発することに知恵を働かせる必要があるのであるが、"Global Energy Grid"の提案等に対し、今何もしていないのではなかろうか。

 2013年9月のIPCC第5次評価報告書によれば、2100年には地球の平均気温が6.4℃上昇するという。6年前の報告では海水面は18~59センチ上昇するとしていたが、今回は26~81センチ上昇するということであり、原子力発電だけでなく、火力発電も抑制する必要があることは明白である。サンマイクロテクノロジー社共同創立者ビル・ジョイは、その著書「未来はなぜ我々を必要としないか(Why the future doesn't need us.)」」(Wired誌2000年4月号) (www.wired.com/wired/archive/8.04/Joy.html)において、「ロボット工学や遺伝子工学、ナノテクノロジーといった21世紀の強力なテクノロジーが、人類の存在を脅かす」という警鐘を鳴らしているが、我々が知恵を注ぐべきテクノロジーの根幹をなすものは、全人類が一つであるという認識に基づいた、有限な資源を有効に分配するテクノロジーであろう。それこそが、特許法第1条の趣旨に沿ったテクノロジーとして、今我々に求められているのである。

 江戸時代、高野長英は、オランダ語の「インディヴィデューム(individual)」を「不可分」と訳したという(阿部謹也著『日本人はいかに生きるべきか』朝日新聞社 2001年 p88)。アインシュタインの元同僚デヴィット・ボームは量子力学の正統的解釈とされる「コペンハーゲン解釈」に疑問を抱き、まったく離れた多粒子が相互作用するという非局所系の理論を提案した。ボームによれば、宇宙は分解不可能な一つの全体である(渡辺充訳、「時間の終焉-J.クリシュナムルティ&デヴィット・ボーム対話集」、コスモス・ライブラリー)。

 ケン・ウイルバーは、「人間の意識段階を自己・自家族・自集団・自文化・自国家中心の段階から、世界中心であるトランスパーソナルの段階へ移行することが急務である」との指摘を続けているが、小泉元首相の「政治家が決断すれば」とは、全世界の政治家が、「宇宙は分解不可能な一つの全体である」という認識で、グローバルなスマート・グリッドの構築を決断し、スマート・グリッドの構築に必要なテクノロジーを開発が急務であるという意味にとらえるべきであろう。欧州の脱原発が進んでいるのは、欧州におけるスマート・グリッドの構築の進捗度との関連は否定できないであろう。

 すでに、上述したABB社が政府筋に「やろうと思えば3ヵ月で海底ケーブルは敷ける」と説明したらしいが、我が国の電力関係者は首を縦に振らなかったそうである。政治家が決断しないので、ソフトバンクが核となり、米ゼネラル・エレクトリックなど複数社が極秘裏に、東アジア全体を送電網でつなぎ、互いに電力を融通し合う「アジアグリッド構想」を進めているようであるが、詳細は不明である。
ただし、ソフトバンク、三井物産、ロシアの政府系電力大手インテルRAOの3社がロシアで発電した電力を日本に輸入する構想を打ち出したと報じられている。3社はすでに日本の経済産業省や外務省に計画を報告したようで、水資源が豊富で発電コストの安いロシア極東の水力発電所などから電力を買い取り、サハリン経由で日本に送るルートを想定している。調査を通じて2014年中に投資額などを詰める予定のようであり、発電所の建設計画なども含めると投資規模は数兆円になるらしいが、この分野における特許出願も今後、非常に重要になるであろう。

 ウィルバーのインテグラル思想によれば、人類の進化は「個」の進化と「集合」の進化を相補的なものとして内包しながら展開する過程であるが、人間は、個人としての救済を追求しようとするとき、不可避的に、共同体としての世界全体の進化を進めるテクノロジーに取り組むことが要求されるのである。グローバルなスマート・グリッドの構築には世界の政治家の協力が必要ということである。特許法第1条の趣旨に沿ったテクノロジーの開発や特許出願には政治家の決断が必要なのである。