1 はじめに

 労働事件の中で、最近は未払い残業代の相談をよく受けます。電車広告などの影響があるのでしょう。そして、さらに最近意外と多い相談が、セクハラやパワハラの問題です。ここで、セクハラとは、相手方の意思反する性的言動をいい、パワハラとは、力関係において優位にある上位者が下位者に対し、精神的・身体的に苦痛を与えること等をいいます。

 ところで、この手の紛争の相談を受ける立場として、これほどつかみどころのない相談はないのも事実です。セクハラにあたるのか、パワハラにあたるのか等その基準は曖昧だからです。

2 使用者の責任

 労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定しています。

 ここからわかるように、使用者は、労働者に対して、職場環境配慮義務という義務を負うことになります。そのため、セクハラやパワハラ被害に関連しては、当該行為を行った者のみならず、会社もセクハラ行為やパワハラ行為に対する職場環境配慮義務違反(債務不履行)や使用者責任(不法行為)に基づく損害賠償請求として、労働者から提起されることもありうるのです。

 セクハラやパワハラ被害では、それによる損害額が多額になることは少ない(尚、労災まで至れば別です)とはいえ、会社とすれば、そのような訴えが提起されること自体が、時間と労力の喪失で大損害となります。

 そこで、会社としては、セクハラやパワハラ被害の申告があったときに、どのように対応すべきかが問われることになります。

3 違法の判断基準

 明らかな犯罪行為(強制わいせつや暴行)であれば問題がないのですが、当該行為を「違法」と評価してよいかというのは、前述のとおり微妙なところが多く、非常に難しいところです。基準となるのは、裁判例でしょうが、全く同じ事案があることは少ないでしょう。

 ここで、サラリーマン川柳で紹介される句の中に「セクハラか スキンシップか 人しだい」というような類をよく見かけることがあります。「わかる、わかる」という笑い話で済めばいいのですが、これはある意味、当たっています。

 なぜならば、行政通達(人事院規則10-10)には、「性に関する言動に対する受け止め方には個人間や男女間で差があり、セクハラに当たるか否かについては、相手方の判断が重要である」とされているからです。このように、違法性判断には、相手方の主観的な判断が重視されるのです。

 ただし、より正確に言えば、その感じ方も「平均的な男性労働者」「平均的な女性労働者」の感じ方を基準とする点及び客観的証拠との整合性等も考慮しますから、その意味では、やや不正解なところもありそうです。

 しかし、特にセクハラは密室で行われること、労働者は会話を都合のいい部分だけを証拠化して提出する傾向があること等を考えれば、被害者の主訴を覆すのが難しいことは事実です。相手がどのような捉え方をしているのかについて、いつも注意して心がけるしかないということです。しかし、この「意識する」ことこそが重要なのです。

4 被害者重視も問題が

 セクハラやパワハラ被害については、会社が責任を問われるのが嫌なため、加害者を一方的に処罰することで職場環境配慮義務を果たしたことをアピールする傾向も見受けられます。しかし、詳細な調査なく重い処分を行うことは危険です。加害者とされる者が反対に、会社に対して、事実無根を理由に、処分を受けたことを争ってくる可能性があるからです。

5 最後に

 結局、会社としては、セクハラやパワハラ被害の申告があれば、勝手な心証を得る前に、できるだけ中立的な立場で被害者・加害者双方の言い分をよく聞き、調査結果に基づき、早急に対処することです。そして、セクハラやパワハラ被害では被害者の主観が重視されることを従業員に常に喚起しておくことでしょう。

 以上