本書は単なる「特許明細書等の書き方」を表面的に説明する技術書ではない。研究開発のスピリットとしての「プロフェッショナル・アマチュア」を説いたのは、チャールズ・フランクリン・ケタリング(Charles Franklin Kettering)である(Boyd, T. A. “Professional Amateur: The Biography of Charles Franklin Kettering”. E. P. Dutton & Co, (1957))。ケタリングの名言に従たがえば、「初めて特許明細書等を手掛ける事に付いては、あくまでもアマチュアであるが、特許の権利化と事業への活用のためには多くの困難を乗り越えなければならぬことをよく承知しているという意味でプロフェッショナルでなければならない」ということになろう。27年間GMの研究所を率いたケタリングは、高圧点火システムの特許(1910年)の他、米国で300以上の特許を取得している。

 本書は2010年に刊行した「日米欧三極共通出願時代の特許クレームドラフティング」の姉妹編である。「日米欧三極共通出願時代の特許クレームドラフティング」では【特許請求の範囲】記載について詳細に説明したが、本書では、【特許請求の範囲】以外の【明細書】及び【図面】が主なる対象として、従来の古い明細書等の書き方を脱却した、新しい書き方を説明する。

 例えば、第3章にデカルトの要素還元主義の話がでてくるように、本書では、なぜそのように書くのかの理由付けを、歴史的経緯や哲学的背景等を踏まえて、より掘り下げてプロフェッショナルな観点から説明している。現在、特許の専門家のための特許明細書等の書き方の本は多数出版されており、一方、特許の非専門家のアマチュアのための特許明細書等の書き方の本も多数ある。しかし、残念ながら、多くのアマチュアのための特許出願の教本は、特許出願をするための安易な教本であって、特許庁の審査に合格でき、更に、権利行使が可能なレベルのプロフェッショナルな目線でのテキストがない。現在の教本は、明細書の書き方は、どのようにすべきか、或いは、どのような明細書が品質の高い明細書であるか、ということまでは指導していない。

 なぜそのように特許明細書等を書くのかの掘り下げたプロフェッショナルなレベルでの理解がなければ、どのような明細書が品質の高い明細書であるかは理解できない。ただマニュアルに従った、応用力のない表面的な書き方では、ケタリングのスピリットに悖ることとなる。なお、特許の専門家のための特許明細書等の書き方の本の場合も、専門的事項については詳しい説明があるが、その前提となる基本的事項については、なぜそのように書くのかの理由付けを、深く掘り下げていないのが現状である。したがって、従来の「特許明細書等の書き方」の本は、所謂、実用書としての表面的な書き方になってしまっているというのが実情である。本書は、10年以上明細書を書かれている経験者であっても、「おっ!」と思われる事項や、ご批判を含めて何らかの議論の参考になりうる内容の記載があるものと考えている。

 特に、アマチュアが書いた明細書で良く見られる不備は、明細書中の【発明を実施するための形態】の欄の説明が非常に薄いことである。本書は、特許の非専門家のアマチュアであっても、弁理士や弁理士を補佐する特許事務所の技術者レベルの品質を実現可能な、則ち、プロレベルの明細書及び図面等の記載方法を、長く特許事務所の内部において指導してきた経験を踏まえて、具体的に説明する。

 中小企業は日本の全企業の99.7%を占めるが、その出願件数は年間3万件程度であり、これは、日本の全出願件数の1割にも満たない。弁理士を代理人としないで、特許のアマチュアである中小企業の経営者等の特許出願人が直接、特許庁に手続して、特許出願することは、特許出願という手続だけに着目すれば、かなり簡単に可能である。元特許庁長官の荒井寿光先生(現東京中小企業投資育成株式会社社長)は、中小企業の経営者らに、15000円の印紙代のみで、直接、特許庁に手続して特許出願する方法を勧められている。しかし、特許は出願すれば権利が発生するのではなく、特許庁の審査官の審査を受けて、審査に合格した特許出願のみが、特許査定されて、登録される。が、弁理士が記載したものを含めて、実に、特許出願された全件数の内、約75%程度は登録されない。

 又、特許出願人が、特許庁に直接手続しない場合であっても、本書を参考にして、ある程度完成度の高い特許提案書又は発明説明書を作成して弁理士に依頼すれば、結果として中小企業等の特許出願の経費の削減が期待できる。ある程度完成度の高い特許提案書や発明説明書を弁理士に提出すれば、弁理士の手間が省略可能となるからである。

 「特許明細書等の書き方」は基本的に自由であるが、書類には作成者の心が反映される。本書は、特許明細書等をなぜそのように記載するのかという、書き方の背景にある考え方や法律的根拠を説明し、更に、特許を事業に活用するという事業優先の観点を紹介する。事業優先の戦略に沿った特許出願のしかたは如何にすべきか、或いは、事業優先の戦略の背景にある考え方や法律的根拠を理解しなければ、特許出願は意味のないものとなる。

 本書は、企業の知的財産部員や弁理士等の特許の専門家(プロ)と同程度の技量を指向した、中小企業の経営者や個人等の特許に関するアマチュアを主に対象としているが、未だプロとしての技量が未完成な若い弁理士の方や弁理士を補佐する技術者や、一応の経験を積まれた方にも何らかの参考になるものと考えている。